チョイスな人

あの日、あの時、あの場所で―杉原輝雄

杉原輝雄プロが亡くなりました。

闘病中ということは知っていましたが、年の瀬がせまっての訃報は寂しいものです。

チョイス新春号で杉原プロにインタビューしたのはつい先月のこと。

タイトルは「わが人生最高の1打 あの日、あの時、あの場所で。」

今回は杉原プロを偲んで、全文を掲載します。

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「狙って入れてバンカーショットを残した」

日本オープンゴルフ選手権 1962年9月28日(当時25歳)

どんなに会心のショットであっても、優勝に絡んでいない場合は記憶に残らないもの。その意味で僕のゴルフ人生で一番思い出に残る試合といえば、プロ入り5年目、初優勝の日本オープンです。とにかくあの1勝がなかったら63勝もできなかったかもしれないわけですからね。

当時の日本オープンは、最終日に午前と午後の2ラウンド・36ホールを回りました。午前の18ホールを終えた時点で僕と橘田(規)さんがトップに並び、陳(清波)さんが1打差の3位。午後の18ホールのハーフを終え僕はトップに立ちましたが、その後15番ホールまでに3つスコアを崩してしまいます。

実は、最終日はショットが安定せず、後半のホールはほとんど1パットでなんとか凌ぐという苦しいゴルフだったのです。特に、15、16、17番はバンカーにつかまり、バンカーショットとパットで凌ぐ展開でした。

17番ホールではティショットを右のラフに曲げてしまったためグリーンを狙うのは難しい状況になりました。グリーンはスライスで狙えない状況ではなかったのですが、その場合グリーンを外した時のライが問題になります。

もし深いラフにはまったらパーは獲りづらくなる。そこで僕はセカンドショットをグリーン左のバンカーに入れたのです。

バンカー内ならば目玉にならない限り、ライはある程度知れています。だからラフよりもバンカーからのほうがパーを獲れる確率が高いと思ったので、わざと左サイドのバンカーに入れたのです。

狙い通り、次のバンカーショットはピンそばに寄り、このホールでパーを獲り、なんとか逃げ切りで優勝できたのです。

あれは最高の1打とは言えませんが、狙い通りの結果が出たショットとしては次のバンカーショットも含め、記憶に残る1打です。

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狙い通りの1打で初優勝を飾った杉原プロ。

正確無比なショットの天才らしいエピソードです。

当時の優勝賞金は70万円、「お嫁さんを買います」とジョークを飛ばしたといいます。

心からの冥福を祈ります。

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